東京世田谷にある女子大学キャンパス内で、地上にスポーツ体育館と地下に屋内温水プールが一つになった施設の建て替えで、再建する計画設計を「古橋建築事務所」様が設計・監理されることになりました。そちらのスポーツ体育館と屋内プールの設計+監理を協力担当させていただきました。
地下にある屋内プール
地下に建物を建てる場合、さらに広い空間となる場合には幾つもの制限や必要なものがあります。特に以下の様な内容では、地上に建てる場合に比べて慎重な設計と施工が必要になります。
- 建物外周の土の圧縮力を支える構造
- 上部の建物(体育館)を支える大空間の構造
- 地下水の止水・排水対策と湿気除去対策
- 法令による避難用設備
- 採光の確保
- 地下建物で増加する費用
- 工事の土留め擁壁工法
上記の内容について慎重に設計と工事が進められました。
プールの大きさ
地下プールは1年を通じて利用可能な屋内プールです。プールの大きさは、25メートルプールです。プールの周囲は相互往来が可能な広さのプールサイドを確保しています。
天井の高さは 約6.7メートルで、天井から下方に突き出た梁の先端下側は 約5.2メートルの高さになっています。プールの天井高さは、体育館やプールの洗面室や更衣室が地下に設けられ、それらが地下2階分の高さになり、その高さに合わせた天井高さになりました。
地下大空間プールの構造骨組み
プール空間は中間に柱がありません。そしてこの地下プールの上には地上で体育館建物が上に載る形になります。プールの大空間を支える構造はその構成を支える工夫が必要になります。
こちらの地下プール+地上体育館の構造設計を担当されたのは、「正木構造研究所」さんです。プールの構造は、
- プール上部に体育館が重なる → プール大空間を支える「梁」のせい(高さ)を高くする
- 地下の大空間が埋まる → 周囲の土の圧力に耐える外壁が40センチの厚さの壁と大きい柱で支える
という構造形式に設計されました。
プールの構造・設備
プール自体の造り方には、プールが造られる環境によって、相応しい素材や材料が選ばれます。さらに様々な要素によって水質が清潔に保たれます。
こちらのプールは、屋内プールで年間を通して利用され、学校生徒さん達の特定多数が利用するプールとして設計されました。
FRPのプール
水が溜まるプール本体の構造素材は数種類の中から選択できます。
- コンクリート製+防水
- ステンレス板製
- FRP(ガラス繊維混入プラスティック)製
などです。
選ばれる条件は、
- 耐久性の度合い=ヒビが入らず漏水しにくいこと
- 感触の度合い=プール側面や底面の手触りや硬さ
- 施工のし易さ=プールの場所による造り易さ
- 費用
などが比較されます。
屋内でること、1年中 利用されること、から、FRP製のプールが選ばれました。1年を通して水が張られていて 日射や外部の環境変化の影響がないこと、学校生徒さん達の身体の安全性を考慮して より柔らかい素材がであること、地下室になることによる施工性のし易さ と、費用が加味 考慮されました。
防水・ろ過消毒循環水
水が溜められているプールはFRP(ガラス繊維混入プラスティック)による防水、プールサイドの床と周囲の壁には塗布防水が施されて、プールの下部や周囲に水が浸透・漏水することが無いようにしました。
プールからあふれたプール水は、床の排水溝に移って集められて、ろ過設備で消毒がされて、循環してプールに戻り 再利用されます。
水質を検査する保健所検査
特定の生徒さん達が利用するプールですが、水質は清潔に維持されなければなりません。当該地域の保健所のご指導をいただき、必要設備が設けられて水質が維持されます。プール完成の際には、保健所の立ち合い検査があり水質と機器整備の立ち合い検査があり、利用開始後も保健所への水質維持の報告が義務付けられています。
1年中利用できる・・・温度調節水と床暖房
プールは年間を通して1年中 利用できます。季節の移り変わりで外気温が変化しても、冬の寒い時期にも、利用できるように、水はろ過循環機器設備と併せて温度調節ができて、室内もプールサイドの床は床暖房によって温度環境が調節維持できるようになっています。
プールの床が上下する
学校内には幼稚園から小中高~大学校まであります。世代を超えてプールを利用されます。身長の高さが異なることから、身長高さに合わせて、プールの水深を変えられるようにしてあります。プールの底床が一様に上下出来る機構が採用されています。
身長の低い低年齢の場合は、床底を上げて水深を浅くし、身長の高い成人や高学年の場合は、床底を下げて水深を深くして利用します。
この機構により様々な学年の方々利用することが可能になっています。
この機構による建物全体の必要深さは、約50センチです。
プールの水深表示・水温表示・室温表示
プールを利用している際に、体の安全を守るために、
- 水深度
- 水温度
- 室温度
を電光表示盤が設けられています。時計も掲示されています。身体の疲労や体温調節に注意して、安全に利用していただくための設備です。
滑らない材料
水から上がった床=プールサイドの床は、水ハケが良く、滑りにくい材料でなければなりません。しかしプールサイドは裸足で歩くので、足裏を傷付けてしまうものでもいけません。
10センチ角の磁器質タイルから、滑りにくく、裸足に痛くなく、水ハケが良くて、カビが生え難い材料が選ばれました。
シャワーゲート
プールに入場するとき、身体に付いたチリなどを除去するために、体全体に温水を浴びせることが出来るようなシャワーが設置されています。
シャワーはセンサーで人の動きを感知して温水が降り注ぐ仕組みになっています。流れ出た温水シャワーがチリなどと共に下部に流れ落ちて、跳ね上がって体に付かないように床全体に樹脂製のスノコが敷かれています。
洗眼器
水泳を終えた後に眼に水を挿して洗う洗眼器(細かい水が上に向かって出る)水栓とボウルがプールサイドに取り付けられました。こちらも身長の高低差を考慮して、高さを違えた壁付け洗顔具ボウルになりました。
モザイクタイルの自立壁
更衣室で水着に着替えが澄んでプールに向かって入場する際、シャワーゲートを必ず通過するようにしています。それはプールサイドに自立壁を建てて、自立壁で囲われた部分にシャワーを取り付けてゲートにしています。
プールで泳ぐ生徒さん達の安全を見守る部屋があり、教員がそこからプールサイドを見渡します。
自立壁の表面には、モザイクタイル(小さなタイル)が貼られ、プール内の壁面とは異なる表現にして、プール内の際立つアイテムにしました。
カビない・錆びない対策
地下のプールの設計で非常に難しい課題のひとつに、
- カビを発生させないこと
- 扉や器具を錆びさせないこと
がありました。
結露防止と水切り収まり
屋内プールは湿度が高くほぼ100%です。すると、常に内装材の表面には湿気が付き、湿気が集まれば結露水となります。結露水となって流れずに留まればそこにカビが発生する可能性が高くなります。
そこでプール内の空気を常に動かして、換気が出来るように空調設備を設置すると同時に、プール内では水が溜まらないようにするよう注意しました。
プール内部で結露した水は、壁面は下方に落ち、床面は緩い勾配を付けて排水溝に流れるようにしました。広い壁面に付いた結露水は自然に下に流れ落ちますが、流れた結露水が他の壁面に流れないように、「水切り」と呼ぶ金物を取り付けることで、床面の排水溝に落ちるように工夫しました。
カビの発生を抑えるためにプール水には塩素消毒液が投入されます。塩素はプール内のカビの発生を抑制します。しかしながら塩素は、プール内の扉や器具の金属を錆びさせてしまう作用があります。プール内では塩素で錆びない材料や器具が設置されています。
プールで使える材料と器具・消毒薬
プールの水は新しい水を取り入れずに、プールの水を循環させてろ過・消毒を行い、再利用しています。循環利用するプール水には塩素などを投入して消毒しています。
ただし塩素は、プール内の器具機器や設備機器を錆びさせる原因の1つで、内装仕上げ材や金属製の扉、空調設備や照明器具は、塩素に耐えられるモノが採用されています。
- 磁器質タイルの床や壁
- 樹脂製のスノコ床
- ステンレス製の扉や配管
- プール用の照明器具
選択肢は少なく、これらのモノを組み合わせて、錆びないプールになりました。
壁の点検口・倉庫の扉・換気吸い込みガラリの存在感を消す
塩素による錆から防ぐために、ステンレスで製作された、
- 地下二重壁内に地下水が進入していないか確かめる壁の点検口
- プール用具倉庫の扉
- プール空気を換気する機械室に面したガラリ窓
は、プールで泳ぐ方は利用しないので、その存在感を出さないように見せることにしました。
壁面に貼られたタイルを扉にも貼って、内部の壁が連続しているように見せたり、ステンレスの枠やガラリの羽根をタイルの白色と同じ色で塗装して、その存在を消す工夫がされました。
床排水スノコ
プールの床は常に水はけを良くするために少し角度を付けて(水勾配を付けて)水が流れる様にしてあります。そして流れる水を受け止める排水溝が備え付けられていて、床の水は排水溝に流れ落ちます。排水溝は、
- プールの全周囲
- 出入口開口下部
- シャワーゲート下部
- 壁際
に設けています。
そしてプールには裸足で入場するので、裸足で排水溝を踏みます。排水溝にはスノコ(グレーチング)で蓋をして、スノコ(グレーチング)は鋭利な金属製でなく、滑り止めのついた樹脂製のスノコを設置しました。
プールの照明
プールの照明は、大型の梁、プールで使用できる照明器具、の観点から天井に設置すると照明器具の効果が上がらないと判断して、壁面に設けることにしました。
天井材に照明器具を取り付けることが困難で、天井より下方に突き出した梁構造が照明の拡散を削ってしまうからでした。
室内プールに設置できる器具(消毒塩素に耐えられる器具)として製品化された照明器具は僅かな種類で、ほとんどが壁面や天井面から大きく飛び出して取り付けられる形でした。
壁面に取り付ける照明器具を壁面にステンレスの箱を取り付けて凹ませて、その中に照明器具を設置しました。ステンレスの箱には水が溜まっても、箱の下側に流れて、壁面に流れないように床に落ちるような細工を施しました。
プールの音響
プールの床壁天井には水分が染み込まない材料を選択してカビや汚れを発生させないようにしています。
これらの材料はプール内で発生した「音」を反射させます。すると音が響いてプール内で号令や掛け声が聞き取れ難い状況になっていることを多く感じます。
少しでも響く音を短くして、音が聞き取り安くするために、音を吸収する材料を選んで設置しました。
天井・金属製吸音材
大きく天井より突き出した梁の さらにその上の天井は、天井材を貼る下地組みを直天井下地組み方式にしました。
「直天井下地組み方式」とは、上階の構造床に取り付けた吊り下げ材を用いずに、上階の構造床に直接下地組みを固定する方式です。
吊り下げ方式の下地は、3.11の東日本大震災で揺れ落ちた事例が多々有ったために、6メートル以上の高さ位置にある天井の吊り下げ方式の下地組みは新たに制定された「特定天井」の規制を受けて様々な補強材が必要となるために、プールの天井の下地は直天井下地組み方式にしました。
「特定天井」とは、以下引用
吊天井で人が日常立ち入る場所に設けられていて高さが6メートルを超える天井の部分で、その水平投影面積が200㎡を超えるものを含み、天井面構成部材の質量が 2kg/m2を超えるもの。(国土交通省告示第771号 第2)
この直天井組みの下地に、板材自体に小さな孔がある「多孔質吸音板」を貼りました。
「多孔質吸音板」とは、以下引用
材料中に多数の空隙や連続した気孔がある材料です。このような材料に音が当たると、材料中の空気が振動する際に抵抗が働き、音の運動エネルギーが気孔間の摩擦によって熱エネルギーに変換され、吸音効果が生じる材料です。(NDC社 カルム材より)
壁・吸音タイル
プールの吸音性能をさらに高めるために、天井と共に壁面にも吸音材料を貼りました。
壁面に貼った材料は 30センチ角の「吸音タイル」で、見た目は軽石のような表面をしていてザラザラです。厚みが3センチあります。表面が壁面より突き出るので、人が容易に触れない高さに張り巡らしました。
材料は、八木惣株式会社の吸音タイルです。
地下プールの採光=天窓トップライト
地下に位置するプールなので壁には窓はありません。それでも日射が全く入らない屋内プールは不健全と考え、一部を天窓トップライトにして、日射を取り込めるようにしました。
これは、
- 日中に外光を取り込む採光窓
- 窓の一部を開閉する換気窓
になっています。
この天窓トップライトにより、地下とは思えない自然な明るさが確保されました。
プールの更衣室
地下のプールで泳ぐ場合は、プールに入場する前に服から水着に着替えて、服をロッカーに収めてから入場します。プールで泳いだ後は、体についた水を拭いて体を乾かして服に着替えます。
体に付いているプールの水は、更衣室に向かうと体に付いたまま運ばれます。水はタオルで拭くか、床に落ちることになります。出来る限り更衣室に持ち込まないで体から落ちてくれることが理想です。
そこで更衣室の位置は、プールから出来る限り離れていて、曲がり角が沢山あることが理想とされます。距離が離れていて、曲がり角が多いほど、水が落ちる量が多くなるからです。
地下の制限のある広さのプランで、途中に洗面台、トイレブース、シャワーブースを設けて動線距離を長くして、さらにその動線に曲がり角を付けました。動線の床はスノコやタイルにして、水が落ちても排水されるようになっています。。
更衣室を色別
プールの利用は、50人以下のクラス単位で利用するという設定です。50人以下の生徒さんが利用できる更衣室が2組配置されています。平面プランとしては左右に対称形になって別れています。プールを利用される方々に、自身が利用する更衣室がどちらの更衣室かを分かりやすくするために、内装壁を色彩で塗り分けて、判別できる様にしました。
一方は黄色、他方は桃色。壁、扉、トイレブースやシャワーブースに、明確に「黄色の更衣室」「桃色の更衣室」と分けられるようにしました。
教員室監視室
授業中の生徒の安全を監視する教員の方々の詰所は、プールに面して窓も扉も全面ガラスで、中からプールを注視出来るようになっています。
地下外壁の二重壁
地下の外周壁は、常に周囲の土の圧力を受けています。地下水が地中にあれば、土圧と共に地中外壁に水力として加わります。地下水は上下左右関係無く 圧力を地中外壁に当ててきます。
その状態で地下外壁に多少でもヒビが入ったり隙間があると、水力がかかっている地下水は毛細管現象で壁内に進入し、建物内に漏れてきます。
この地下水の進入があってから、地中外壁の外側から止めることは物理的に困難で、内部から進入箇所を塞いだりしますが、完全に止水することは中々困難なことが多く、その進入水を内部に入れずに集めて汲み上げて排水する方式が採用されています。
この進入水が、地下室の室内に入り込むのを避けるために、進入水を外壁内部面を伝わせて下部に落とし、集める部分を確保するために、地下外壁面にもう一枚壁を建てて、進入水をその中で落とす場所として二重壁を設けました。
この二重壁は地下外壁面の全面に設けられます。このために、
- 地下土圧に耐えるための地下外壁の厚み
- 進入水処理のための空間と、二重壁の厚み
のスペースが必要になり地下室は狭くなります。
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